斜面一面がマカロニペンギンで埋まると、まず色に目をつかまれます。
黒白の体の上に並ぶ黄色い眉冠が、風に吹かれた草のように見えます。繁殖地全体にざわめきがあります。
一羽でも十分に派手なペンギンです。何千羽、何万羽と集まると、海辺の群衆運動のような圧になります。
マカロニペンギンは身長約 70 cm、体重約 5〜6.5 kg で、分布は亜南極から南極半島周辺の島々まで広がります。現生で最も数の多いペンギンの一つで、成熟個体は約 1800 万羽です。
この「多い」は、人を安心させやすいです。でもマカロニペンギンで見るべきなのは、これほど大きな総数があっても危急種に分類されていることです。
問題は、多いかどうかだけではありません。減少が、大きな個体群にも感じられるところまで来ているかです。
彼らは南極海のオキアミに強く依存し、小魚やイカも食べます。繁殖時は通常 2 個の卵を産みますが、ほかの冠ペンギンと同じく、最初の卵はふつう小さく、本当に育つのは多くの場合 2 個目の卵のヒナです。
この戦略は現実的で、冷たくもあります。
大きな繁殖地の中で、つがい一組一組が自分たちの小さな判断をしています。何千、何万の小さな判断が積み上がり、海風の中で黄色い眉冠の一面になります。
多いことは余裕ではない
マカロニペンギンは、「数が多い」とは何かを考え直させます。
多さは安全感のように見えます。でも単一の海洋資源に依存する大きな個体群にとって、多いことは、養う機械がさらに大きいという意味にもなります。
海のオキアミが不安定になれば、影響はしばしば系全体に及びます。いくつかの家族だけで終わりません。
大規模繁殖地が悪くなり始めたとき、その問題は小さくありません。
彼らは騒がしいペンギンでもあります。繁殖地は密で、斜面は狭く、みんなが繁殖し、交代し、場所を守っています。
その場に立つと、音と密度に押されずにはいられません。
その騒がしさは、にぎわいであると同時に集団の呼吸のようです。一羽一羽が海に向かって、まだその一口のオキアミが必要だ、まだ帰る一往復が必要だと言っているようです。
近年、多くの大規模繁殖地で減少記録があります。温暖化、食物の変化、人間の圧力が、その一部かもしれません。
この物語は「もうすぐ消える」という直線ではありません。「まだ多いのに、もう油断できない」と告げる物語です。
それは単純な悲劇より扱いにくいです。人は大きな数字に簡単に麻痺するからです。
華やかさは気楽さではない
黄色い眉冠のおかげで、マカロニペンギンはとても覚えやすい鳥です。海辺でいちばん着飾った相手のように見え、名前も本当に装いに関係しています。
でもその華やかさには反差があります。見た目が派手なほど、生活は現実的です。
食べ物をどう得るか、どの卵を残すか、どの道を通るか。すべてが実際的です。
サウスジョージアのような大規模繁殖地では、規模が大きすぎて距離感を一瞬失います。海岸が海岸ではなく、自分で流れるじゅうたんのように見えます。
圧倒的な場面ほど、彼らの海への依存がいかに集中しているかを思い出させます。海が薄くなれば、黄色も先に薄くなります。
マカロニペンギンは、成功と脆さを一緒に拡大する生き物のようです。数が多く、場面が大きいから、すべて安定して見える。でもシステムが悪い方向へ回ると、その変化も拡大されます。
大きさは免疫ではありません。大きいとは、より多くのものを一緒に支えなければならないということです。
外からは、にぎやかで、安定し、余裕があるように見えます。
内側では、無数の正確な小さな動きで保たれています。
マカロニペンギンは、このことをとても目立つ形で生きています。海がそれほど安定しなくなったとき、あの黄色い草原がどれくらい揺れ続けられるのか、誰も早く答えるべきではありません。
ときには、本気で守るべきなのは、多すぎて大丈夫に見える命のほうなのです。